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2007/06/30 土曜日 00:00:00 MST
小野秀二君へ 1

小野秀二の写真集が出版されるから何か一文を書くようにと、能代工業高校バスケットボール部時代の私の二年後輩にあたる新日鉄の小玉一人から電話があった。

小野秀二とは彼が中学生の時、縁あって一年間そのチームのコーチをやらせていただいたことは確かにあるにはあるが、つたない私個人の熱情に付き合わせてしまった、とでも言う以外何ひとつ今ここに記せるものも見当たらないのである。 ましてその後の彼は、高校、大学、実業団と一貫して各々のチームのスターガードであり続け、現在(1988年当時)も全日本のガードを務めている男である。

私みたいな風来坊より、もっとふさわしい人が沢山居るだろうに、と固辞したのだが、小玉も社会に出てよほど揉まれているのであろう、淡々と水のようにシャープないつもの小玉の良気質がどこかへ影をひそめ、今回は妙に執拗なのである。 自分のことのように、である。 考えてみるとこの二人とは、年に2、3度は私が高校を卒業してからもずっと会っているような気がする。それは、何かのバスケット大会の会場であったり、私のコンサートの場であったりする。

秀二は小玉の4つか5つ後輩のはずで、実業団も別々であり、つまり同じチームでプレイしたことがないはずなのに、私が見かける時はいつも一緒である。 小玉が秀二の姉や兄とも親しいことを思えば当然といえば当然で、また単なる気が合う仲間というのもよくある話だから、そういう風に納得すれば済むようなことなのだが、何故かやはりこの二人に私は因縁みたいなものを感じてしまうのである。

私が高校3年のマネージャーをしていた時の1年生が小玉で、小玉と私は早朝に誰もまだ居ない体育館で1年間もの間汗を流したものである。尤も汗を流したのは小玉の方だけであるが。私はチームのマネージャーで彼は有望な新人、というだけの関係なのであるが、その後の彼の出場するゲームでは、いつの間にか彼の動きだけを無意識のうちにも凝視している自分に気付き、妙な気持になったものである。

秀二に対しても同じなのだが、その当時の私のやったことと言えば、すべて恩師の加藤廣志先生のモノマネで、モノマネは所詮モノマネでしかなかったのであるが、彼らがいちばんはやくそれを察知(?)し、というか無視し、その後栄光の道を歩んでくれたことを、複雑な気持ではあるが、ありがたいと思っているのである。

高校を卒業してバスケットのコーチとして生涯を送る決心を加藤先生に打ち明けたところ、紹介していただいたのが小野秀二の居た能代一中であった。
小野秀二君へ 2へ続く

(友川かずき / フォークシンガー、画家)

*上記は小野秀二写真集「SHUJI ONO MEMORIAL」より抜粋したものです
 
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